CCBBイスラム展に行ってきました!



 このCCBBとはCentro Cultural Banco do Brasil の略称であり、ブラジル銀行文化センターのことです。かつて、コーヒー景気に沸いたサンパウロ州に、1927年、設立された銀行で、しゃれたネオークラシック式の建物を利用し、劇場、シネマ、講堂、展示室等がある文化総合センターです。
http://www.bb.com.br

 中央吹き抜けで各階の階段の手すりや照明器具はアールデコ、天井や窓には美しい色彩のステンドグラスが施されています。ほぼ一年を通じて、内外のいろいろなイベントが組まれています。
 
 4階建てのそれほど大きな建造物ではありませんが、小展示会のほうがかえった疲れず、じっくり鑑賞できるので、私の大好きな場所の一つです。

 さて、今回の『イスラムの世界ーアートと文明』もシリア国立博物館、ダマスコ国立博物館、イラン国立博物館、イラン織物博物館などから約300点の出品がありました。

 古くは7世紀から現代までの衣食住に関するもの。特に、ガゼルの皮や、金粉に輝く紙に書かれたり、カーペットに織られたコーランなどが目玉展示物でした。イスラムの文字も美しいものですね。

 プログラムによれば、イスラム関係の展示会は国内では初めてだそうです。詳しくはネットでご覧ください。最近、チュニジアやエジプトなど、イスラム圏の人々の政治変革を求める運動が活発化しています。
このような時、イスラムの歴史的文化を知る企画は非常にタイムリーなものだと思います。

 目だけでたあの真っ黒なガウンを着た女性たちは世の中をどう見ているのでしょうか。

 この銀行はブラジル最初の銀行として1808年、即ち、ナポレオンのポルトガル侵入により、ジョン・ジョン・6世(当時皇太子)一族と貴族たちが、イギリス艦隊に護衛され、リオに逃れてきたときからすぐにできた銀行で、200年以上の歴史があります。

 ラテンアメリカ最大の金融機関です。現在、国内では3400以上の市町村に17210の支店があり、9万人の行員が5350万人の顧客にいろいろな金融業務を行っているそうです。インターネットやケイタイにようる取引のリーダーでもあるそう。

 日本には1972年より、営業を開始し、7支店で約10万人を超える顧客があるそうです。日本だけではなく、世界中で働いているブラジル人からの本国への送金は国の重要な資金となっています。
 

福山さん42歳のお誕生日おめでとう!!!


Feliz Aniversário,SR.FUKUYAMA !

フェリース アニヴェルサーリオ、セニョール フクヤマ!

ブラジルのおいしい焼酎(pingaピンガ)でもお送りしたいのですが、壊れても大変なので、イラストのケーキを送ります。そして、偶然にある本で安藤一郎さんの「四十二歳」という詩に出会いました。
5連目はちょっと、「老いて」のことばが、あってないかもしれませんが。

「若い」女性にも、「老いた」女性にも、ラヴ・ソングやプロテスト・ソングを歌い続けてください。
益々のご活躍を祈念いたします。




四十二歳           安藤一郎


既に 私の肩からは
匂う粉のようなものは剥がれた
ひとは 言うだろう
私は少し老いて 硬くなってしまったと

私の内部 見えない隙間を
日に日に崩れてゆくものがある
しかもなお
私は 柔らかな朝の光を乳のように飲む

ひとは 知らない
私の真下で 瓦礫に砕かれている苦悩を
時々 若い幻影を見上げて
うっとりする この眼を

果たして かっての私に
花咲いたことがあるだろうか
いつか 一つの実りとなり
自分のまわりを豊かにしようと夢見たのに

ああ 人を愛し ひとに愛されることを
ひそかに希う歓びを
私 はそれだけで生きている
少し老いて 硬くなって

サンパウロ市と東京都の比較

 昨日、1月25日はサンパウロ市ができてから457年目の記念日でサンパウロ州は祝日でした。日中は28度~30度の暑い日が続いていますが、必ず降るスコールというより、土砂降り続きで、700人以上の被害者を出したリオ市にも負けないくらい洪水の被害も出ています。一日も速く復旧がなされますように。
 
 大変おもしろい論文をみつけました。
現在、大阪市で不動産鑑定士として活躍中の秋山祐子氏(サンパウロ大学大学院工学研究科不動産研究所・研究員)の「サンパウロ市の不動産概説」です。サンパウロと東京の不動産市場を比較したものです。
http://www.nipo-brasil.org/tokuho/1005ya.html

 表を写します。

   サンパウロ市   東京都(島部除)
面積(km2)  1,509      1,782
人口    11,057,629   12,963,555   (2010年推定)
人口密度 1km2  7,328      7,275
総生産     19兆3435億円  92兆3004億円
1人当年間所得  約177万円  約454万円 (平成19年)
     
経済的なところは大分差がありますが、大きさや人口などはほぼ同じなのですね。サンパウロも大都会になったものです。40年前はのんびりしただだっ広い町でしたが。

秋山氏の論文によると2007年から分譲マンション数では東京を抜いていること。これは政府が「私の家、私の命」プログラムPrograma Minha Casa Minha Vidaで、中低所得者層のための住宅政策を打ち出しているため。
オフィス供給では圧倒的に東京が上。サンパウロはその2割弱にすぎないこと。ショッピング・センターはサンパウロが1991年には14しかなかったものが2009年には、50店に、まさに建設ラッシュ。これは経済成長に伴い、低所得層に購買力が付いてきたからだと思います。

著者はそのまとめとして、「内需拡大の牽引力である住宅市場の今後の発展に関しては、住宅を購入した中低所得者層が堅実に債務返済を遂行できる政策を、政府が今後持続させることが重要であろう。」と結んでいます。

本当に、月50レアル(20ドル)の返済ができず、せっかくのマイホームを手放す人たちもいます。我が家も最初の家は政府住宅プランの32年月賦でした。

日本の住宅耐久年数が他の国々と比較すると、40年と極端に短いのが驚きですね。英国の160円はともかく。
買った時点から、物件の価格は下がり始め、40年後には?! 我が家のアパートの価格は約20年前より6倍はしています。

大都会サンパウロも場所により、路上生活者が増えているようです。生活の土台であるホームを得るための政策の成功に期待します。








  

女性大統領就任!

1月1日はブラジル初の女性大統領の就任式でした。

正式なお名前はDilma Rousseff ジルマ・ルセフ大統領(第40代)です。

「我々学生運動を経験したものは、拷問にもめげず、いろいろな困難を共に戦い、古い因習を破ってきました。特に、今日は女性大統領として、女性への道をもっと広げるためにきました。ブラジルの運命は政府の
ものでもありません。すべてのブラジル人のすべての労働や行動の結果にあるのです。」と山積みの問題に
1日1日努力していくと力強く、時に涙を浮かべ挨拶されました。

 ちなみに新聞報道によりますと、ジルマ大統領もブルガリア人の父とブラジル人の母という移民の子です。
これまでの9代か40代まで31人の大統領のうち10人(25%)が移民の子であるとのこと。これは米国の44人中7人(16%)より、多いと自慢しています。即ち、外国人に門戸を開き、その子弟が大統領になれるまだ
未知の国ですよとのことです。
 我が家の息子どもは大変なしごとより毎日を楽しんでいるようです。

 37閣僚中、9人の女性を登用しています。彼らの能力に期待しています。また労働党ですので、その上級ポストの45%を労働運動関係者や諸労働団体から選出しています。
 これだけ天然資源に恵まれた国なのに、今でも数千万人の貧困層のある現状はエリート層の政治怠慢といわれてもしかたないでしょう。前ルーラ大統領(労働党)が当選したら、私たちは他国に移住するという人たちもいたのですから。
 510年の歴史しかない国ですが、BRIC諸国とともに繁栄していって欲しいものです。
日本を含めて、世界中の国々の企業が集まっています。共生精神でいってほしいものです。
もう日本人よりブラジル人になってきてる私としてはそう願っています。

どうぞブラジルへもおでかけください。厳しさも楽しさも見てください。

フェリース・アノ・ノーボ あけましておめでとうございます



クリスマス・シーズンをいかがお過ごしになりましたか。
私は29日と30日は「龍馬伝」総編編、31日は「紅白歌合戦」、1日は「最後の楽園」と福山づくしとなり、キャツキャ、ドキドキの日々でした。このご時勢ビデオ・デックがあるご家庭が少ないのに、我が家にはバッチリあるのです。この録画ちゃんと、とれてるの?!など息子に頼む声もうわずってました。

さて、「龍馬伝」いろいろ名場面がありましたね。今の日本を洗濯し、現代人に何かエールを送ることができたのでは?個人的には、「命をそまつにしないで生きること」と「ごめんちゃやに象徴された感謝と別れ」のメッセージが好きです。

紅白は当地では31日の朝8時30分からでした。半分以上の方はなじみがありません。なんせTVはNHKしかケーブルに入ってないからです。さてさて、満員の横浜アリーナからの中継、弥太郎さんによる断髪式までありましたね。超真面目なお顔でしたね。1年間の龍馬との決別だったのでしょう。

そして「道標」から、命の絆と尊さと謙虚に生き続けようというメッセージをしっかりいただきました。今年は母がなくなり、寂しい思いをしましたが、意地っ張りはもらい受けました。

♪♪ 人に出会い 人を信じ 人にやぶれて
  人を憎み 人を愛しまた人を知る
  風に吹かれて 泣いて 笑い 生きるこの道 ♪♪
 

そしてそして「最後の楽園」のナビケーターとして、なんとブラジルのゴヤニアというセラードに降り立っていたんですね!極秘情報だったんですか!会いに行ったのに!(バッカじゃないという友人の声が聞こえてます。)無視!なんですか、都会の男の子が森やジャングルに解放され、嬉々として飛び回ってる感じ!こちらも楽しくなってきますね。20年前のシイナマコト探検隊より、最新技術を背負ったクールな探検隊ですが。

今年もこの番組のおかげで、アイドルに月1回会えますね。うれしいですね。
では、今年もゆっくり歩いていきます。ブラジル流です。

フェリース・ナタール!メリー・クリスマス!




聖夜ですね。

サンパウロ市でも、明日までにプレゼントを買う人々で商店街は
にぎわいました。何でも最後になるまで行動を起こさないブラジル人的性格を
jeichinho brasileiro(ジェイチーニョ・ブラジリレイロ)といいます。

キリスト教人口が1%に満たない日本なのに、キリスト生誕日があんなに盛んとは!
日本中が素晴らしいイルミネーションで飾られ、経済効果もさぞやと思われます。

当地サンパウロ中心街も綺麗に飾りつけられ、子どもたちが楽しんでいます。
遊覧バスもあるとか。日本のようにクリスマス・ソングが流れ、ケーキを買うことは
ありません。その代わり、panetone(パネトーネ)という果実やチョコレート入りの
ケーキ(パンに近い)を食べます。おいしいです。

クリスマスというと物語「賢者の贈り物」を思い出しますが、私にも一つ忘れられない
プレゼントがあります。

もう40年近くも前、ブラジルにきて二度目のクリスマス。
当時は24時間営業の店などなく、スーパーも日曜日はしまっていたころです。
カトリック王国でしたから。

ところが、主人がまだ乳児の息子のための粉ミルクを買って来ることを、
すっかり忘れてしまったそうで、買い置きもなく、ちょっと言い争いになりました。

ところが、2-3時間して、ドアがノックされ開けてみると、ブラジル人の青年、
たぶんお隣さんでしょう、が粉ミルク缶を笑顔で差し出したのです。
驚きましたね。ちなみにミルクのことはleite(レイチ)といいます。
日本語は通じないのに、どうして分かったのか不思議ですね。
でも、ありがたかったです。本当に。

クリスマス・スピリットに感謝しました。

今年もいろいろ素敵なプレゼントを頂きました。時計・日記帳・靴・チョコレート・石鹸
パチワークの手提げ・お花など。
あ、姉からは福山さんの「The Best Bang!!」でした。


ありがたいことです。気にかけていてくれる人々がいるとは。
では、皆様もFeliz Natal!!(フェリース・ナタール)

今年はジョン・レノンの「Happy Xmas」をポルトガル語で歌いました。 

♪ 東京 ♪ 福山さんとの出会いの曲


 この曲は2005年にTVドラマ「スロー・ダンス」の主題歌になってヒットした曲です。
実は2007年くらいに友人が貸してくれたこのDVDを見て、(時間軸がかなりずれてますが)素敵な声だなと思ったのが、ファンになったきっかけでした。
 すでに福山さんは21年のキャリアありですので、長い間ずっとファンであった方もきっと、多数いらっしゃることでしょう。それぞれの曲にその時の世情や自分の体験を重ね合わせて、心震わせたり、夢や希望を持ったり、助けられたり、やってられない時に、歌力(うたぢから)を感じたはずです。
もちろん 私もその1人です!
 20年前の映像や音声を楽しんでいます。テクノロジーの進歩に感謝!



それではまた、ポルトガル語翻訳の時間です!

TOKYO

Nesta cidade, penso não exibir lágrimas,
fraquezas e caras limpas para ningem

abraçar escondendo a dor de não poder sorrir,
esquecendo a tristeza de não poder avançar

Vou cantar o amor
esperança que me deu,
flor que desabrocha na coração,
com suas palavras,vou cantar o amor

Vamor sair Roto 246 apos a chuva
Vamos sentir a brisa notorno, você ri

Na Alameda Gaien Higashi andamos devagar, devagar
Vamos dar a mão,a noite é linda

Agora vou cantar o amor
Tokyo onde caminhamos juntos
Quero ser sua resposta e
quero ser seu amanhã
Vamos caminhar sem parar

Descobri a estrela cadente,
'estou feliz','estou feliz tambem'
mais uma vez ocorre o milagre

para dentro da paisagem onde você nasceu
para dentro do crepusculo que você mais gosta

Vamos passear no proximo domingo
Vamos encontrar sua cidade e sua recordação

No Tokyo que vivemos juntos
Quero ser sua resposta e
quero ser seu amanhã

Vamos caminhar sem parar
agora vou cantando o amor

ようこそ

Blogには航海日誌という意味もあるとか。それならば人生の航海日誌を日々の何気ないできごとにたくして、人生の終盤を私流に生きていますということを、ちょっとかっこつけて、書いてみようと思い立ちました。サンパウロに住む利点を生かし、まったく個人の目からみたこちらのニュースも流します。もう一つ、自他共に許すあの福山さんの大ファンなので、彼の発言をだしに、一言申し上げる所存でもあります。反発され、石が飛んでくるかも知れませんね。

About this blog

自己紹介

学生運動の最盛期に卒業し、移住。血液 AB型 趣味 お琴・コーラス・読書

フォロワー